■■■ 境内案内 ■■■


  下記の名称・または境内地図の名称部分をクリックされますと、
 詳しい説明がございます。

■「艫綱石 ■「和気清麻呂公像 ■「和気(なごみ)の小径
■「導きの猪像 ■「社殿 ■「天満宮
■「葛原新町楽 ■「参道

境内地図

境内案内 「艫綱石」


 「艫綱石」

  和気清麻呂公が宇佐八幡大神の
 御神託のままに当地に訪れた時、
 その御舟の艫綱を結びつけた石と
 伝えられる。

 その後、菅原道真公が太宰府行の
 途中、当地に休憩された折にも
 使われたと伝えられる。

 竹馬川河畔に置かれてあったが、
 境内に移設された。


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境内案内 「和気清麻呂公像」


 「和気清麻呂公像」

  平成18年建立
  制作者は、彫刻家 村上章一氏

  高さは、台座を含め4メートルの青銅製

  霊猪像 一対を配する











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境内案内 「和気(なごみ)の小径」

 「和気(なごみ)の小径」

  清麻呂公像の周囲には、境内に自生する植物を植栽した。
 (ヤブツバキ、ヒサカキ、イロハモミジ、アラカシ、エゴノキ、アセビ、ヤブラン、
  ツワブキ、ヤブコウジ、シラユキゲシ、リュウノヒゲ、シラン、ヒメシャガ など)
 清麻呂公像の周囲を歩きながら、心が和められる空間。


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境内案内 「導きの猪像」


 「導きの猪像」


  ブロンズ製の猪像は、珍しい。






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境内案内 「社殿」


【社殿内】


【棟札】

 「社殿」

  桁行五間、梁間三間、入母屋造、千鳥破風付向拝一間、唐破風造銅板葺
 
  棟札に天明6年(1786)「幣殿拝殿新規建之」と記され、市内に既存する
 最古の木造社殿。
 後世の修理は明治6年・昭和41年・同63年に行われた。
 (北九州市教育委員会刊・北九州市の神社建築)

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境内案内 「天満宮」


 「天満宮」

  右大臣菅原道真公が延喜元年(901年)太宰権師
 として京都より西下の際、築城郡椎田浜(網敷天満
 宮)に上陸、さらに太宰府に向かう途中、立ち寄られ
 た跡地に鎮座されたと伝えられる。

  当初は、葛原新町(現葛原本町1丁目付近)に鎮座
 されていましたが、明治45年に現在の地に遷座
 され、以来葛原新町の人々を中心に学問の神、
 産土の神として人々の篤い信仰を受け続けている。



 (平成9年、多額の浄財により見事に改築がなされました。)

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境内案内 北九州市指定無形文化財 「葛原新町楽」

 「葛原新町楽」

  葛原新町地区に古くから伝承されている「太鼓踊」。
 
  享保年間、この地に悪疫が流行し、特に牛馬が多く死んだ。
 その為里人は牛の守り神の天神様に祈願したところ忽ち悪疫が治り、
 そのお礼として願解きに「子供楽」を奉納したのが「葛原新町楽」の始まり
 だと伝えられている。その後、毎年小笠原藩のお達しで葛原村は「子供
 角力」葛原新町村は「楽」を奉納するようになった。

 それ以来、葛原新町の人々により代々受け継がれていたが先の大戦中は
 中止となり昭和24年復活、昭和30年から再び中断し、昭和51年には
 「葛原新町楽保存会」を組織し再度復活され、昭和59年2月1日に
 北九州市の無形文化財に指定されて現在は、小・中・高校男児により
 八幡神社の例大祭当日奉納されている。

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境内案内 「参道」

 「参道」

  200m余の長い参道を歩くうちに、だんだんと心が静まってくる。

  途中に狛猪がある。

  第二鳥居は、安永2年(1773年)に奉納されたもので、当社最古。

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